相沢毅君・若林さおりさんの結婚式が1999年2月27日(土)午後1時30分から東京・市ヶ谷のグランドヒル市ヶ谷で行われた。スキー旅行の帰りの列車で意気投合した2人だから、媒酌人はなし。恩師、職場の方々、学友に馳せ参じていただき、大阪と岡山の若林家と東京付近の相沢家の面々がつどって、天気にも恵まれた催しとなった。以下そのときのビデオとスナップ写真から、そのときを再現してみた。

教会で誓約を済ませた2人が赤い絨毯の上を、紙吹雪の祝福を浴びながらオープンカーへと進む。教会の鐘が高らかに鳴り響く。左端におられるのが伊与田教授。 白塗りのロールスロイスが教会から、となりのグランドヒル市ヶ谷の披露宴会場へと2人を運ぶ。自衛隊の施設だからかlパレードはお手の物(?) パイプオルガンと聖歌隊の荘厳なアベマリアを背景に指輪の交換。緊張と感情の高まりの交叉した一瞬。 型どおり「ウェディングケーキにナイフを」の司会者の合図とともにカメラマンがケーキと二人の周りに集まる。二人は以外にリラックスした表情。



 左は都立大理学部化学科教授で新郎の卒論の指導教授であられた伊与田先生。フッ化水素を吸い込んで悪戦苦闘したエピソードを「都立大学硬式野球学部卒(?)」のような新郎の大学生活とからめて、ユーモラスにスピーチされた。

 新婦の勤める国立大阪病院の婦長さんのスピーチ。急激に看護婦が増えたときに新人を育てる苦労をする中で、新婦のやさしさ、責任感、思いやりの深さを、大阪弁でアピールされた。安らぎのある家庭をとのアドバイス。

 衣装直しで2人とも雰囲気を変えて、消灯された会場のテーブルにキャンドルサービスをして回る。最後にメインテーブルの大きなハートを完成させて、気持ちを一つにすることを誓う。
 ハネムーンはオーストラリア1週間。右の写真はオーストラリア中部のエアーズ・ロック。背景のロックの頂上を1時間くらいで登頂に成功したとか。明石海峡大橋の完成時に行われた本州四国マラソンに2人で完走して鍛えた体力がここで功を奏したかも。

 左の都立大学硬式野球学部(?)の面々による歌。左下の三菱電機出向時代の同僚の人の苦労話。それからこの小さな写真の男性司会者も野球人間とか。式も野球のチームワークが功を奏して、スマートに進行した。
 
 左の写真の右の二人の方は国立大阪病院の同じチームの看護婦さん。iいつもホッとする笑顔のこと。運命のスキーツアーのあと新婦の美しさに磨きがかかったこと、明石海峡マラソンで一緒に走っていたのに新郎が待つゴール近くになったら、「ひとりで行くで!」と、何かの引力に負けたこと、などを掛け合い漫才よろしく披露された。
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