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三井物産ニューヨーク勤務・T氏




 9月11日朝出勤してみると、ワールドトレードセンターから巨大な黒煙が上がっているのがオフィスのあるメットライフビルの39階のカフェテリアから見えました。とんでもない火災だと眺めていたところ、突然飛行機が右の方からビルに接近してくるのが見えました。飛行機が視界から消えた直後、別のビルからオレンジ色の炎と黒煙が上がり、数マイル離れた当方のオフィスにも爆発音が聞こえました。意図的なテロに違いないと直感しました。直ぐに、館内放送があり、直ちにビルから避難することになりました。グランドセントラル駅の真上に立つメットライフビルはテロ攻撃の対象となりうる懸念がありましたことから、同ビルから出来るだけ遠くに離れるべく、行動しました。しばらく街の電気屋のテレビで報道されるショッキングな映像を呆然と見た後、同ビルに引き返しましたが、ビル自体が閉鎖されており中に入ることが出来ませんでした。昼近くにもなり、食べれるときに食べておこうと同僚と意見が一致し、近くの日本料理屋で定食をとることになりました。当方がご飯のお替わりをもらった頃、突然女将さんが、「三井さんのビルで爆発があったみたい」というので、騒然とし、その瞬間金属の焦げるいやな臭いもあたりに立ち込めましたので、その瞬間金属の焦げるいやな臭いもあたりに立ち込めましたので、緊迫し、とにかく現場から出来るだけビルから遠くに逃れようということにし、近くに攻撃の目標となるような目立った建物等が無いハドソン川の近くまで行けば取り敢えずは安全と判断し、ハドソン川に向けて駆け出しました。(なお、メットライフ爆破の件は後でデマであることを知りました。それにしても、あの臭いは何だったのだろうか、板前が鍋を焦がしたのではないか、などと推測致しましたがハッキリとしないままです) 携帯電話を持っていたのですが、回線がパンクして機能不全に陥ってしまい、全くコミュニケーションが取れない状態が相当長い時間続きました。交通は完全に麻痺し、マンハッタンから外に出るのは不可能と半ばあきらめましたが、途中で警官から、フェリーの特別便があり、ハドソン川を渡り、ニュージャージーのリンカンハーバーまで行けるとの情報を得、ガソリンスタンドで水とチョコレートを確保し、フェリーの発着場に向かいました。
 発着場には、既に何百人という人がフェリーを待っていました。ノアの箱舟や満州からの引揚げというようなことをぼんやり考えていました。1時間半ほど待って漸くフェリーに乗り込み、対岸のニュージャージーに渡りました。フェリーから煙に包まれたワールドトレードセンターが見えました。隣のアメリカ人が、友人が行方不明とのことで泣いていました。フェリーのキャプテンから、このような状況は不慣れなので接岸には少し時間がかかるとのアナウンスが有りましたが、そのアナウンスが有った直後に、乗っていたフェリーの後部が、別のフェリーの頭部に接触するというアクシデントが起きましたが、何とかニュージャージーに渡ることが出来ました。そこからは、公共の交通手段がありませんので、我々を含む殆どの人はそこから臨時のバスに乗り、ジャイアンツスタジアムがあるバスターミナルに向かいました。バスターミナルから幾つかの方向に向かうバスはありましたが、我々の住むニューヨーク州ウエストチェスタ−、コネチカット州グリニッジ方面は無いと言われ、仕方なく、その日の宿を確保することも視野に入れる方針に変更しました。幸いスタジアムの近くにシェラトンホテルがありましたので、取り急ぎフロントで1部屋でもいいから部屋を明けてもらうことをお願いしました。2時間ぐらいしないと(午後6時ぐらいにならないと)部屋が空くかどうか分からないと言われましたが、他に選択肢も無いため部屋が空くのを待つことにし、ホテルのバーで喉を潤しているうちに部屋を確保することが出来ました。

 9月12日の朝は道路閉鎖が解除され、地元のタクシーをつかまえて、マンハッタンから随分と北上したところにあるタッパンジーブリッジを渡りそれぞれ無事自宅にたどり着いた次第です。

 9月13日もメットライフビルの真下にあるグランドセントラルで爆発があったとのことで、昼12時から取り敢えず午後2時までビルから退去するよう命令が出されました。結局デマでしたが、正に戦争状態で、神経が擦り切れそうです。

 それにしても、最近の米国は、京都議定書の件、ミサイル防衛の件も含め、益々唯我独尊に陥り、自浄作用が全く働かなくなる懸念がありました。また、米国が、米国の、それも所謂Establishmentの考え、価値観、文化を押し付け、これらと異質なものに対してヒステリックなまでに攻撃的になることに大いに危機感を抱いておりました。米国が理想に燃えて世界をリードしてきた時代があったのは事実ですが、今は米国民は世界への関与を忘れ、自国のこと、自分の利益が至上と考える国民に成り下がってしまったような気がします。テロは許すべからざる犯罪行為ですが、米国への協力に当たっては、是は是、非は非で、米国の処し方に誤りがある点については、非を大いに鳴らすべきであろうと考えます。21世紀に入って早々人類は大変な試練を迎えたと痛感致します。

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