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人間がチンパンジーやゴリラからどのように進化してきたかを研究する自然人類学(Biological Anthropology)と言う学問がある。その方面の第1人者であるアメリカRutgers大学のHelen Fisher教授が何万年も引き継がれてきた人間の「愛」の仕組みを解明する。

「愛」とはある人に「特別な意味」を感じることだという。今までになかった世界の中心が出来ること。バーナードショーに言わせると「女性の中の1人だけを過大評価すること」。チョーサーの言葉では「恋は盲目になる」ことだ。恋愛中には恋人が乗った車は全く別の感じになるし、夕食のワイングラスも特別な意味を持つ。8世紀の中国では恋人が敷いてくれた竹のゴザに思いを寄せる詩まである。これらは脳に作り出されるドーパミンの効果だ。

とにかく、「特別の意味」を感じると、その人に注意が集中するようになり、相手を誇大妄想して、すごいエネルギーを使う。あるポリネシア人に言わせると「空中を跳びまわりたいような気分」になり、夜も寝られなくなり、朝方までうろつき回ったりする。うまく行くと、天にも昇りたい気分になり、うまく行かないとひどい絶望感に突き落とされる。すべてがその人次第になり、あるニューヨークの会社員のように「彼女が好きなものは何でも好きだ」となる。しかし、こうなると性的には非常に独占欲が強くなる。好きでもない人と寝たのなら、その人が他の人と寝ても気にならないが、恋に落ちたとたん、性的な独占欲はものすごく強くなる。これはダーウィン理論では種族保存のための自然の意思で、生んだ子供を放置しないで、2人で育てる気持ちを長持ちさせるための自然の仕組みだ。

ところで彼女は、猛烈な恋愛ののち成功した17人と、振られた15人を選び出し、MRIでその男女の脳をスキャンして手がかりをつかもうとする。彼らの相手に対する思い入れは相当のもので、全員が「寝ても覚めても頭から離れることはなく」、「相手のために死ねるか」と聞かれると、即座に「Yes!」という。その状態でMRIにかけると、脳の中で反応を示す部位が麻薬のコカインを服用したときに反応する部位と同じであることを発見する。

以前、喜びや悲しみといった感情だと考えられていた「恋」は実はそうではなく、欲望が元になって生じる心を突き動かす力(drive)だ。自身の中でチョコレートを取ろうと手を伸ばさせる力、会社で昇進したいと思わせる気持ちの力などと同じだという。この恋の力というのは性欲より強い。実際、一緒に寝るのを断られても自殺したり、うつになったりはしないが、深い恋をはねつけられると自他ともに「殺し」にいたることがある。だからこの力は世界中で、歌、詩、小説、彫刻、絵画、神話伝説などに形を変

えて生きる。

人類が存続するように自然が作った仕組みには3つの段階がある。第1段階が性欲の力だ。これは、空腹時に何でも食べ物を探すのと同じで、出来るだけ広範囲から相手を見つけさせるように脳に埋め込まれた力。第2段階が「恋」。これは特定の個人に集中して子孫を残す時間とエネルギーを集中させる段階。そして最後は、子供が巣立って行くまで何とか相手と妥協して生きていけるだけの「思いやり」を持たせるように仕組まれた段階。

この「性欲」「恋」「思いやり」というパタンは何百万年に渡って人間の脳に刻み込まれた「種」保存の仕組みなのだが、これが最近おかしくなっている。その1つは女性が働き始めたこと。私が世界中で調査した130の社会で129までにその傾向が見られ、経済力、健康、教育の全ての面で男女差がなくなってきている。大昔の採取時代には食物の60%から80%まで女性が探し出し、男性と対等だったのが、農耕社会では鋤(スキ)を扱うだけの体力が女性になかったので、男性中心の社会に変わった。そして産業革命以後は再び女性が働けるようになり、男女対等な関係が出来ている。男女は同じだと考える人は多いが、彼女は違う種族だと言う。女性は口が達者だし、子供を育てるのも口だ。実際、女性文学者は多いし、全体を視野に入れて考える。男性は無駄なものは省いて集中して成果を出すし、系統的に考えるので、女性より天才が多い。(間抜けも多いが...) つまり男女は2本の足のような関係で、前進するにはお互いが必要だ。

ただ、女性が働き始めたために、性、恋、家族に大きな影響が出始めている。女性が性の好みを主張するようになり、「男はどうして浮気ばかりするのかしら?」などといい始めた。私が「どうしてそう考えるの?」と聞くと、「実際そうでしょう!」というので、「男の浮気相手をしているのは女性じゃないの?」と言ってやるくらいだ。しかし、これは大昔の採取生活ころの平等な関係に状態に戻っているということだ。男性中心でない「平等な結婚」、「純粋な結婚」と言われる形で。

もう1つの最近の変化は社会の老齢化によるものだ。76才から85才の層で40%が身体に何の問題もないという。一般に年をとると離婚率が低くなる。ホルモン療法、バイアグラ、人工股間節などの出現、それにこれまでになく教育もあり、有能で個性豊かな女性が今ほど多く出現した時代はなかった。今は結婚がうまく行く最適な時期のように見える。

だが、この変化に伴う問題もいろいろある。「性欲」「恋」「思いやり」というパタンは必ずしもこの通りには起こらない。相手に長い間「思いやり」を持ちながら別の人に強い「性欲」を感じることもある。その場だけの関係のはずが、オーガズムが生み出すドーパミンが働いて不都合な「恋」に移行して動きが取れなくなる。悩みが深刻化する。彼女の考えでは、人間は、幸福になるようには作られていない。子孫を残すように仕組まれている動物なのだ。だから実際、悩みを抱える人は多く、アメリカでは毎年延1億人分もの抗うつ剤が処方されている。彼女が知っている23才の女性は、13才からずっと抗うつ剤を使っているという。短期間なら自殺をくいとめたりする場合効果的だが、多くの人は長期間になっている。抗うつ剤は体内のセロトニンの量を上げるのだが、これはドーパミンの働きを抑える。ところがドーパミンは恋の原動力。つまり性欲を抑えるので、オーガズムが不可能になり、「思いやり」も殺してしまう。つまり結局は愛のない悲惨な人生になる。

 彼女の大学の院生が別の院生に恋をした。ところが彼女の方は無関心だった。ドーパミンが恋心を発生させることを知っていた彼は、一緒に北京の学会に行った折、ある実験をした。2人で人力車に乗り、バスやトラックで混雑する中を駆け回った。これはキチガイじみてスリル満点の経験で、彼女も大声をあげて興奮し、彼をグッとつかんで笑いこけた。彼はこれが彼女のドーパミンをかきたてて恋心を抱かせるだろうと期待した。が、直後に彼女が言ったのは「あの車夫の男、実にハンサムだったじゃない!」とドーパミンが相手を間違えた!

しかし様々な変化はあっても、この数百万年前から我々の脳裏に埋め込まれている「性欲」「恋」「思いやり」という愛のパタンは今後も人類が滅びるまで生きつづけるだろうと彼女は考える。

2009115日午後326 USエアウェイズ航空の1549便エアバス320型機は155人を乗せてニューヨークのラガーディア空港から南方約500キロのノースカロライナ州のシャーロットへ向かって飛び立った。ところが、離陸後3分高度800mでカナダ雁の群に突っ込んだ。この鳥は大きいものだと両翼1.7m9kgにもなり、大群で移動する。操縦席の前のウィンドウは突然黒褐色になり大きなものが当たる音が続く。両方のエンジンにも何羽も突っ込み、エンジンは爆発して火を噴き停止。それでもサレンバーガー機長は、グライダー操縦の経験もあり、そのままハドソン川に何とか不時着し、155人全員の命を救った。

たまたまその飛行機に乗り合わせて、乗務員席に対面する1Dの座席に座って死に損なったRic Eliasさんがそのときの自分の気持ちや心の動きをありありと描き出して見せる。健康な人間が死の瀬戸際まで行って、死ぬはずだったのに奇跡が起こり、この世に引き戻されるという経験を聞いてみよう。

彼は米国の人気ベンチャー企業Red VenturesCEOでシャーロットの田舎に本社があるため、この便をよく使う。

エンジンの爆発が起こって、大きな音が続くが、スチュアデスに聞いてもは「鳥に当たっただけですよ」と言うだけ。そのうち機体は旋回しマンハッタンが見えてきてハドソン川へ一直線。いつものルートじゃないぞ...。と間もなく「緊急着陸態勢をしてください」という冷静な機長のアナウンス。さっきのスチュワデスの目は恐怖で怯えている。万事休すだ。

「そのとき悟った3つのことをお話しましょう。我々には死ぬ前に是非やっておきたいこと(bucket list)があるものだが、いざという場面ではそうも行かない。知り合いになりたかったのに、なれなかった人たち、修復しておきたかった人間関係、経験しておきたかったのに出来なかった事柄などが次々と浮かぶ。救出されたあとで思いついた決まり文句を使えば、「(しまっておくだけの高級ワインではなく)並みのワインを買う」ということだ。そうすれば、人が来たときに気軽に開けられる。つまり何でも先延ばしにしないで、すぐに行動するという気持ちになったことが私の人生を変えた。

「第2の点は、飛行機がジョージ・ワシントン橋のすぐ近くを何とか衝突せずに抜けたときに考えたことだが、心からの後悔の思いだ。つまり (天国へ行けるような)きちんとした人生をすごしてきたことだ。私自身の人間性の点でも間違いをおかしたときも、私は、関わったあらゆることでより良くする努力をしてきた。私の人間としての行動では自分のやり方を通してきた。そのため大切な人たちとの間でもせっかくの時間を無駄に過ごしてきたと思った。妻との関係、友人などの人々のことが浮かんだ。しかしあとになって考えたとき、もう無駄なエネルギーは使うまいと決めたんだ。すでに2年も妻とはケンカしていないし、そんな風に行きたい。正しいことにこだわるより、気持ちよく行こうという気になったのだ。

3番目は、いよいよ心のストップウォッチが『あと15秒、1413』と人生残り時間を計測し始めたときだ。川の水面が眼前に迫ってくる。「爆発するならしろ!」と思ったが、よく映画などにあるようにバラバラの残骸になるのは嫌だな...とも思った。しかし飛行機は墜落していくのに、死ぬのが怖いという感覚はなかった。ずっと一生準備してきたことがいよいよ起こるという感じだった。しかしひどく悲しい気持ちになり、死にたくはない、人生はすばらしいとも思った。その悲しみの気持ちが形を変えて子供たちに会いたいという気になった。実際私は、その1ヶ月後、小1の娘があまりうまくもない演奏をする場にいることになったのだが...。しかしその時飛行機の中では、子供のように大声をあげて泣いた。それが私には一番自然なことだったのだ。そして私が経験した2つの世界を踏まえて、私の人生で最も重要な

こと、唯一の目標はすばらしい父親になることだと悟ったのだ。

「とにかく奇跡が起きて助かってしまった。だが、私は同時に、死後の世界を垣間見て現実に戻され、違った生き方をするという幸運にもあずかった。どうか諸君、飛行機に乗られたら、想像してみてほしい。自分はずっと生きられると思ってやらないでいることの中で、自分は何をやり、無駄なエネルギーを浪費することをやめて、新しい人間関係を作り、特にどのように理想的な親になるかを...

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人間には非常に簡単なことなのに、コンピュータに出来ないことがある。それはゆがんだ字を読むことだ。コンピュータは小さなドットで出来た文字の型に一致しないと文字と認識しないので、型と少しでも違うと認めない。このことを利用して実際に人間が行った動作かどうかを判定する手法を考え出した人がいる。Carnegie Mellon大学のルイ・フォン・アーン(Luis von Ahn)准教授だ。例えばネット上の切符販売サイトなどに申し込むプログラムを作って自動的に何百万枚も買占めて再販することなどを防ぐために、販売サイトでは妙なゆがんだ5文字くらいを目で読ませてそれを打ち込むようになっている。これはキャプチャ(CAPTCHA)と呼ばれるもので、世界中で毎日2億人の人々が打ち込んで、「私は人間だよ」の登録を認めてもらった上で取引などを始めている。つまりセキュリティのための1手段なのだ。

この文字列は全く無作為に選ばれたもので、時には偶然意味のある単語になることもあるが、大抵は無意味な文字列なので、打ち込むのに110秒かかったとしても2億人では毎日50万時間も無駄な浪費をしていることになる。

一方、現在本のデジタル化がブームだ。グーグルをはじめ、アマゾンなど大規模に本をデジタル化するときにOCRという技術を使う。つまり文字を写真に撮り、それを小さなドットの型に変え、すでに用意してある文字の型と比べ同じものを見つけて記録していくやり方だ。ところが、50年以上前の文献だとインクがかすれたり、印字があせたりして、30%もの文字がOCRで判定できない。しかし人間の目は文字がかすれていても読んでしまうので、このOCRが読めない文字をその2億人の人に読んでもらおうと彼は考えた。

最近ではCAPTCHAの文字列の次にもう1語読ませるようになっているが、それがOCRが読めなかった単語だ。CAPTCHAを読んでもらって人間であることが確かめられたら、次の単語も人間が見ていることになり、その結果は信頼される。ただ人間も間違えることがあるので、10人くらいに同じ語を読んでもらい、一致したら正しいとして利用される。

このように毎年1.5億枚ものチケットを販売するTicketmaster社でチケットを買う人はもちろん、Facebookで友人を加えたり、pokeしたりするときやTwitterなど35万ものサイトで、たぶん無意識のうちにこの「文字校正の仕事」をしている人は膨大な数になり、毎日1億語が「校正」されているが、これは一年では250万冊分になる。これは事業になるので数年前に大学でreCAPTCHAという名の会社を起こし、その後グーグルに買い取られたほどだ。この事業に、おそらく無意識に人知をデジタル化するという仕事に手を貸している人は世界の全人口の10%強の7.5億人に達する。これは、歴史上の全ての大事業、例えばピラミッドの建設、パナマ運河、月へ人を送る事業など、10万人規模の協力で行われたことを考えるとケタ違いだ。つまりネット以外では10万人以上の規模の事業は不可能だったのだ。

しかしネットを利用すると膨大な数の人の力を使った事業が可能なことが証明された今、次に何をするかを考えたとき彼が思いついたのは、ホームページの翻訳だった。今もブラウザーには翻訳機能がついているが、間違いが多く使い物にならない。あと1520年はかかりそうだ。仮に間違いがなくても、信頼できるものかどうかの判断が難しい。翻訳家に頼むというのも一法だが、お金がかかりすぎる。現在の英語のページでスペイン語で読めるのは20%程度、残り80%を翻訳するだけで安く見積もっても5000万ドル(40億円)もかかる。

しかし1億人の人にタダで手伝ってもらうのには、そういう気持ちにさせる動機付けが必要だ。しかも1億人のうち何人が2ヶ国語を操れるかも分からない。そこで彼が考え出したのが、外国語教育。現在世界で12億の人々が外国語を身につけたいと思っている。アメリカだけで5万円もする外国語教材のソフトを買った人が500万人もいる。そこで彼が作ったのが、ネット上のDuolingoというサイトで、Webページを翻訳しながら、同時に外国語を学ぶというシステム。

まだ現在実験段階だが、驚くことにこのやり方がうまく行くのだ。まず、大抵の人は熱心に取り組む。教材も出来合いのものではなく実際にWeb上で使われている言葉になるので、興味を引きやすい。そして驚くべきことに、Duolingoで習った人の翻訳と彼が1語について20セント払っているプロの人の訳と比べても、引けを取らない。ここには多少の工夫があり、多くの初心者の良い所をうまく取り入れて1つの翻訳を作るという仕組みも取り入れていることもあるが...

外国語学習のソフトRosetta Stoneを使うには500ドル(4万円)払わねばならないが、95%の人はそれだけ払う余裕がない。ところがDuolingoの強みはタダなので、貧乏人にも機会を与えるものだ。しかもこれはビズネスとしても成り立つ。なぜなら、学習者は翻訳することで価値を創り出していて、それを売ってもらうことで授業料はタダになるし、事業者は利益も得る。つまり学習に時間をかけることで自然に授業料を払う形になる。しかしもともと学習には時間が必要なのでこの無意識の仕事は学習の時間。ここがこの事業のうまみなのだ。

大抵の動物と違って、人間の手の親指は他の4本の指とは逆方向に曲がる構造になっているので、物をつかんだり、ネジ回しを使ったりも出来る。また人間は直立2足歩行し、言葉も操るが、さらに前頭葉(特に前頭葉皮質)の働きは人間独特のものだ。生物進化の歴史では200万年はほんの一瞬の時間でしかないが、その間の進化で人間だけ脳の重さが3倍になった。それは前頭葉が新たに加わったためだが、新しい機能も加わった。その中心が「模擬体験シミュレータ」とでも言えるものだ。例えばアイスクリーム屋が「レバーと玉ねぎのアイス」などといったものを作らないのは、実際に作るとどうなるかを前頭葉で「模擬体験」してその風味を想像できるので、頭の中だけで「ゲー!」となるだけで済むからだ。

しかしこの機能がうまく働かない場合がある。例えば、3億ドル(250億円)の宝くじに当たった人と、下半身麻痺の病気で動けなくなる人を脳で「模擬体験」すると、当然、宝くじの当選者の幸せは下半身麻痺の人の不幸とは全く違ったものになるだろうと誰もが考えるが、驚くことに、その1年後に2者の幸せを感じる度合いはほとんど同じになることが種々の調査研究で証明されている。これは、災難を受けると、人は心理的に実際以上に事態を深刻に捕らえ悲観的になる一方で、幸運に対しては実際より過大な期待を持つ傾向(impact bias)があるためだ。

同じように、選挙に勝とうが負けようが、恋人に振られようが愛を得ようが、出世しようがしまいが、大学入試に合格しようが落ちようが、3ヶ月もすればほとんどショックや感動もなくなることも多くの実際調査や研究が示している。これは「ショック緩衝機能」(psychological immune system)とでも言えるもので、ショックを受けたときに、大抵は無意識のうちに、物の見方を変えて心の平和を保つ機能が働くためだ。

我々は「幸せ」を見つけてくるものだと思っているが、実は心の内に作るものなのだ。だから、例えば下院議長まで勤めスキャンダルで汚名のうちに退職したJim Wright氏が、今は「肉体的にも、精神的にも、金銭的にも、毎日ずっと豊かになっている」と語るかと思えば、37年間も無実の罪で監獄で過ごし78才で解放されたMoreese Bickhamさんは、その経験を「少しも残念だとも思わないし、むしろ輝かしい経験をさせていただいた」と言う。またマクドナルド・ハンバーガーの件で大儲けの出来る機会をみすみす逃したHarry Lnagermanも、もともとビートルズのドラマーをしていてRingoと入れ替えに追い出されたPete Bestも「却って良かった」という。

しかしこのような「心のうちに作られた幸福感」は、目的を達成したときの「自然な幸福感」とは違うのではないかという疑問が出るかもしれない。だが実はこの2つが少しも違わず、しかも長続きのするものであることを科学的に証明してみよう。

例えば、ここに6枚のモネの絵の複製があるとする。これを好きな順に並べてもらう。ただ、そのとき「あなたが並べてくれた絵の中で、3番目と4番目の絵が別にもう1枚ずつ保管されていて、そのうち1枚をおみやげに差し上げたいと思いますが、どちらを取りますか?」と提案する。当然だが3番目の方が(4番目より)好きだと表明しているわけだから、3番目を選ぶ人がほどんどだ。しばらく時間が経って、もう1度同じ6枚の絵を見せて、「もう1度今の気持ちで好きな順に並べてください」というと、持ち帰った3番目の絵は2番目に上がり、4番目は5番目に下がる。つまり自分が選んだものには「幸せな気持ち」が増し、選ばなかったものに対してはその価値を認めなくなる。自分が選んだことで価値が高まり「幸福感が造成」されたのだ。これは50年前から認められている「自由選択理論」(free choice paradigm)と言われる事実だ。

もっとも、これは、絵が自分のものになったから愛着が出て価値が上がったのではないか、と考える人がいるかもしれないが、そうではない。彼は同じ実験を「記憶喪失症」の人たちに試みて、同じ結果になることを証明する。だからこれは絵を「所有」しているかどうかの問題ではない。彼らは絵をもらったことなど忘れていて自分の物だという意識がないからだ。

自由に選択できるというのは「自然な幸福感」を高める。多くの可能性から選べるから最も自分に合ったものにめぐり合うと思うからだ。しかし自由に選べることは「幸福感造成」にはマイナスに作用する。その理由を考えてみよう。

前に述べた「ショック緩衝機能」(psychological immune system)は、完全に行き詰ったり、身動きが取れなくなったときに最もうまく機能する。例えば、交際中と結婚後の状況を比べてみるといい。交際中に彼が鼻くそをほじくってばかりいると、それで絶交になるが、結婚後だったら「彼は優しい心の持ち主なのよ。あら捜しなんかしないで!」となる。

私の教えるハーバード大学の学生で実験をしたことがある。写真専攻の講座の学生に学内で12枚の写真を撮らせ、ベタ焼きの中で一番いいと思う2枚を大きく引き伸ばして現像させた。そこで「その2枚のうち1枚を大学の保管用に提出してほしい」という。そのとき学生を2つのグループに分け、一方には「提出後も4日間は気が変わったらもう1枚の写真と取り替えても構わないよ」と言い、もう一方には「すぐに英国の本部へ送るので一旦提出したら交換はダメだよ」と言う。その後2つのグループのそれぞれ半分の学生に、2枚の写真への愛着度が提出後にどう変わるか予想させる。残りの半分の学生はそのまま寮に返し、3日後と6日後に2枚の写真に対する気持ちがどう変わったかを調べる。グラフで分かるように、事前には、交換が可能であろうと不可能であろうと、2つのグループ共、手元の写真に対する愛着度は変わらないだろうと学生は予想するが、実際は、交換不可能な自由度のないグループの満足度が圧倒的に高くなるということが実証された。つまり、一見逆のようだが、自由度がありすぎると満足感は得られないということだ。

パーバードの別の写真講座でも写真取得自由度の大きいコースと自由度を少なくしたコースを設けると、66%の学生は自由度の大きいコースを選ぶが、これは「満足感」がどのように造成されるかを知らずに選ぶことで、結局自分の写真に大きな不満を抱えた状態で終わることになる。

「物事に良し悪しはない。人がそう思い込むだけだ」とシェイクスピアは言う。またアダムスミスは「世の悲劇や混乱は、自分が置かれた状況と他の人の状況とを比べてその差を実際より大きいと考えることから始まる」とも言う。もちろん状況の違いや好みの違いがないわけではない。しかし幸せを追求する野望や不幸への恐怖心が大きすぎるのが問題で、実は我々が求める幸せを我々は自分の心に作り出す能力を持っていることに気付くべきなのだ。

<終わり>

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