南島の南方ダニーデンの郊外Mosgielというところの農家に泊めてもらった。http://www.travelwise.co.nz/index1.htmlで見つけてホームページから申し込んだら、ある晩突然先方から電話がかかってきた。奥さんのMargaretさんからで、去年カナダでお世話になった同名のMargaretさんと声も似ていて面食らった。海外にGirl friend(?)が多いと大変である?? しかも行ってみて分かったのだが、この農家にはパソコンはなくて、業者に頼んでホームページや管理を頼み、宿泊の申込があると、この業者は電話かファックスでこの農家と連絡を取るというやり方だった。 スコットランド出身のAllan Stranalyth氏と奥さんのMargaretさんが10ヘクタールの牧場に150頭の羊や山羊と10頭前後の牛を飼っている。同居していた4人の子供さんが結婚して独立し、その寝室があいたので10年以上まえからBBを始めたとのこと。前日に電話を入れておいたとおり、午後2時ころ到着。Allan氏は別の仕事でそのときは居なかったが、Margaretさんに牧場を見学させてもらう。10ヘクタールというと1辺が320メートル位の正方形の土地なので、さほど大きいとも思えないが、その土地を「田」の字の形に4つに区切って全部の羊などをその一つの区画に入れている。他の3/4は目下牧草が生長していて、今の区画の草を食べ尽くした時点で隣の1/4の区画へ全部の動物を移すという。もちろん干草も同時に作っていて、青い草と平行して与えていた。動物たちも青い草ばかりだと飽きるようで、場合によってはかえって干草がご馳走だと言う。牧草もかってに生えてくるわけでもなく、草の種をまくのはもちろん、肥料もやらねばならず、手間がかかるそうだ。でもオーストラリアの牧場で触れた牧草よりも柔らかい種類だった。また片方で、牛がレンガのようなものを懸命になめていた。訊くとsalt rockだという。塩分を補うための牧場用の岩塩であった。 羊が双子を産むと1頭の面倒をみて、もう1頭を見捨てる場合があり、その見捨てられた羊はそのままでは死んでしまうのでMargaretさんが世話をして育てるという。それらはMargaretさんを親と思っているらしく、ひどく人懐っこい。この種のペットシープ(?)を普通の羊とは別にして飼っていて、それらは人を恐れずビスケットなど人間の餌を人の手から喜んで食べる。そしてその結果太りすぎて足に負担がかかり、びっこになっている羊もいる。しかし普通の羊はとても警戒心が強く、柵の外で10メートルくらい離れていても、近づこうとすると、いっせいに顔をこちらに向ける。何十頭という羊の目がいっせいにこちらを見つめていてじっと動かないにらみ合いの状態が続き、なお近づこうとすると一斉におしりを向けて逃げ出す。Margaretさんに対しても同じ態度をとるのかと聞いてみたら、「私はいつも羊を追って移動させるのが仕事だから寄ってはきませんよ」と笑っていた。この一帯は全部牧場なので隣の農場の羊と区別できるように眉間に色を塗ったり、すべての柵には、高圧電流の裸線がはりめぐらしてあり、きちんと区分けされているが、羊も良く知っていて近づかない。Margaretさんも1度うっかり触れて文字通り大ショックを受けたので、「あんなことは1度でたくさんだ」と言っていた。 牧場は草が生えているだけではない。オークや木蓮(magnolia)などの大きな木がところどころにあり、陽射しが強いときや雨のときは羊たちが一斉にその木陰を求めて、その下は過密になる。その他に小規模だが雑然と植えられた菜園もあり、人参、キャベツ、ねぎ(leek)、じゃがいも、レタス、セロリ、パセリ、カリフラワー、トマト、などに加えて、サトイモ(black calla), ヤマノイモ(yam)、サトウニンジン(parsnip)なども自給自足していて、夕食に出してくれた。果樹園もあり、Granny Smithと呼ばれる青りんご、ラズベリー(raspberry)、グミ(silverberry)などが枝もたわわに実を付けていた。冬だというのに牧場の付近は花がいっぱいで、Christmas cheersと呼ばれる大きな派手な花をつける木、rhododendronと呼ばれるツツジに似た花、野ばら(polyantha rose)や普通のバラ、ラベンダー、スウィートピー(sweet pea)や小さな菊などをはじめよく分からない名前の花も多く、それを一人で面倒を見るMargaretさんは大変なはずなのに結構楽しそうだ。しかしそれらの花は屋内のどの部屋にも片隅に生けられていて、どこを向いても、花瓶の生花が目に飛び込んできた。 主人のAllanさんは牧場経営が若いころからの夢で、やっと13年前にこの牧場を買って近くから移ってきた。牧場管理のブルドーザーやトラックから、羊の毛を刈る機械、搾乳機まであった。羊を狭い通路へ追い込んでいって、トラックの荷台の高さまで誘導し、そのまま載せる木製の設備なども自分で作ったようだったし、羊を追うシェパード犬の小屋も見える。でも彼は畑仕事以外に、日本から中古のトラックを買い入れてそれをレンタルで貸すという会社に車を売り込む仕事もしていて、その日も到着する車の確認と手配に、朝6時起きでクライストチャーチまで往復750キロも車を飛ばし、午後7時には帰宅していた。自分は60歳を超えていてsemi-retiredだと言いながら、その長時間運転から帰ってきた身体で奥さんの作った料理を手際よくお客さんに出したり、皿洗いをあっという間にやってのける活動的な人だ。奥さんも認める、すご腕の料理人でもある。 夕食はほとんど自家製の材料で、マトンチョップを独特のソースで煮込んだもの、サトウニンジン(parsnip)の煮物、人参、豆、野菜を煮込んだもの、それにサラダやオレンジジュースが中心で、フルーツミックスやアイスクリームケーキなどがデザートで出た。宿泊と朝食の代金一人NZ$42.5(3825円)には夕食は含まれないので、一人NZ$20(1200円)を追加して頼んで作ってもらった料理である。 奥さんのMargaretさんに、羊のことを「150人も子供がいて大変でしょう」と言っても、「これは長年の夫の夢で、やっと13年前に実現したのよ」とまんざらでもない様子。Living roomには若いころの一家の写真や、子供の結婚式のときの写真が何枚も置かれている。一方の壁には暖炉があり、肉厚のfirewoodが燃えている。飲み物を手に静かな音楽に耳を傾けつつ、暖炉の火をながめて、リラックスしていると、突然、台所で料理をしていたMargaretさんが駆け込んできた。ワールドカップで日本がロシアに勝ったとラジオニュースが伝えたと言う。時差で日本より3時間早い時間に聞くことになる。こちらに来てからワールドカップはどこかへ行ってしまった。CNNのニュースでも、アメリカの野球やバスケ、ゴルフなどは伝えても、予選のワールドカップにはほとんど触れない。ニュージーランドの国内テレビは、オールブラックスとの試合のためイングランドからやってきたラグビーチームの話題や、スリランカとのクリケットの親善試合などの中継に占領されている。だから、このニュースは新鮮だった。でも今の日常の中では遠い世界のできごとのように思えて、特別な感動はない。 Margaretさんはレースの洋裁を若いころからこなし、2人の娘のwedding dressなどは自分で全部作ったという。そういえば、我々の寝室のベッドの上の壁には真っ白いレースの飾りが大きく掛けられていて、ちょっと王室のベッドのよう。カーテンもすべて自作のようだ。大きな風呂場兼洗面所は大きな部屋になっていて、壁には馬を図案化したステンドグラスまではめ込まれていた。バスタブも珍しく日本のものに似て、大きな逆さの台形をしていて、足を伸ばしてゆっくり入浴させてもらった。 他のBBなどでも見かけたが、廊下に大きな世界地図が貼ってあり、訪ねてくれた人の国の都市の上にピンをとめてあった。色々な色のピンがヨーロッパやアメリカの都市を中心に無数に挿されていたが、日本からは千葉や九州の人がすでに訪れていて、東京からは我々が初めてであった。訪問者は年配者が多く、ほとんどはここから車で10分ほど離れたダニーデン(Dunedin)空港に飛行機で着いて電話をよこし、主人が車で迎えに行くというパタンだそうで、我々のように自分の車で探して訪ねていく人はまれだそうだ。そういえばちょっと分かりにくい場所で、何度か途中で道を尋ねてしまった。ホームページの案内には、「旅行者としてここを訪ねても、帰りは友達になってお帰りください」と書かれていたが、確かにホテルやモテルに泊まるのとは全く違った1日であった。 |
ニュージーランドとオーストラリアは日本から見ると同じ大洋州にあり、同じようなイメージを持つ人が多いが、かなり違う。基本的には、オーストラリアは大陸で、ニュージーランドは島国だということだろう。オーストラリアの内陸は大部分砂漠だが、ニュージーランドは北島の中央に小さな砂漠があるだけで、美しい湖の多いこと、海岸線の変化に富んでいること、南島のアルプス、動植物の多様性などはオーストラリアにはないすばらしさだと思う。 日本人があまり行かない観光地は大抵、美しい湖のそばか、海や湾などを見下ろす風光明媚な海岸沿いなどにあり、大型のホテルはなく、静かでひと気も少ないところが多い。でも日本の観光業者が団体で引率するのは、北島の大都市オークランドの大ホテルを基地にして、バスでルトルアの温泉かワイトモの土ボタル見物へ往復するか、南島の大都市クライストチャーチから、バスでクイーンズタウンやミルフォード・サウンドに行くことがほとんどのようで、以上の場所は日本人町の様相を呈する。私も日本人なので言いにくいことだが、日本人だらけで、日本語が通じ、日本語の看板が目に付く。ワーキング・ホリデイ制度などで居ついている日本の若者が時給NZ$9(540円)位で店番をしている。従ってこれらの場所は日本国内の観光地を歩いているのではないかと錯覚するくらいだから、ほとんど外国旅行の感じがしない。 しかし、我々が訪れた中でも、例えば南島の中部にあるテカポ湖(Lake Tekapo), テ・アナウ湖畔(Lake TeAnau)、北島のタオポ湖(Lake Taupo)、ずっと北のNorthland地方のパイヒア(Paihia)海岸、ワンガレイ(Whangarei)の海岸、そこから少し南のワークワース(Warkworth)の東海岸、北端の90マイルビーチ(90mile Beach)付近などはほとんど日本人に会うこともなく、旅情を満喫できるすばらしい場所だ。 このような場所でも、オフシーズンだと絶景を望めるモテルでも1人1泊NZ$40〜60(2400〜3600円)位で場合によっては朝食がつく。前にも書いたが、モテルだと台所、鍋、調理器具、コンロ、オブン、食器類、冷蔵庫がついていて自由に使えるので、スーパーマーケットで自分の口に合うものを買ってきて簡単な料理を作る方が快適である。紅茶コーヒーは置いてあるし、230Vの電圧なので電気ポットも2分くらいで沸くし、トースターも必ずあり、ミルクはチェックインのときに必ずサービスでくれるので、卵や果物を買ってきておけば、朝食も時間を気にしないで、気ままにできる。場合によってはワインなどを、よかったらタダでどうぞ(complimentary)と書かれて、冷蔵庫に入れておいてくれるようなところさえあった。 やがて、雄大に広がる湖や海を前にして、ゆっくり日が落ちて、夕焼けが訪れ、間もなく対岸の灯が星のようにきらきらし始める。まもなく澄み渡った空には満天の星が現れる。微かな光の星まで全部が目に届くので、「こんなに美しい星空があるなんて……」と、思わずシェイクスピア「ヴェニスの商人」の最後の場面の、月の光が忍び寄る堤で、若いロレンゾが恋人ジェシカに語りかける文句を思い出す。 “Look how the floor of heaven Is thick inlaid with patens of bright gold. There’s not the smallest orb which thou beholdest, But in his motion like an angel sings, Still quiring to the young-eyed Cherubims: Such harmony is in immortal souls; But whilst this muddy vesture of decay Doth grossly close it in, we cannot hear it.” 「ごらんなさい、天の床(=空)には金色に輝くお皿(=星)が一面にうめ込まれています。 あなたの目に入るどんな小さな星でも、 動きながら、天使のように歌を歌わないものはないのです。 澄んだ目の天使の子供たちに、いつも美しい合唱を聴かせているのです。 そのような調べは永遠の魂の中にあるのです。 ただ、朽ち果てていく泥の衣(=肉体)に被われている限りは、それが聞こえないのです。」
実際、テレビなどの文化に乗っ取られて、奥へ押しやられた貴重なものを、もう1度見つけたような気持ちになる。そして暗くなって目の前は何も見えなくなっても、実際に広がっているはずの美しいイメージが残像のようにときどき脳裏を交錯する。何ともいえない充足感。 朝になる。まだ薄暗い中に対岸の低い山が黒く見える。やがて空が白み始め、東の空がうす赤くなる。ときどき響く鳥の声。静かだ。日の出が空の雲に反射して雲が真っ赤になっていく。知らぬ間に、下には神秘的な水の色が浮かび上がり、あたりの緑や木々も日の光を浴びて次第に鮮やかさを増していく。爽やかだ。また美しい1日が始まる。さあ出発だ。
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