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オーロラとユリ.

カナダから珍しいメイル

 
国立高校の卒業生で、カナダの小学校の先生を妻に持つTさんがカナダの自分の家の庭で撮ったという珍しいオーロラの写真をE-mailに添えて送ってくれましたので、コピーしてみます。
 また下の写真はやはり同時に送られてきたTiger lilyという花でカナダの中部サスカチュウワン州の州花だそうです。
 T氏は目下翻訳家修行で猛勉中。もともと大学では理科系の専攻で日本では電気関係の会社に勤めていたし、少林寺拳法の名人でもあり文武両道で文理両道でもある状況を作られつつある。



 前年に続いて今度は海外旅行の取扱も含む「一般旅行業務取扱主任者試験」の今年度のものに浩が合格した。16%の合格率だった。海外旅行の斡旋をする事業所には少なくとも1人の有資格者を置くことが法律で義務づけられているが、旅行関係も不況の影響をもろに受けて大変な状況でJTB以外はほとんど何時つぶれてもおかしくない状況だから、JTBは旅行関係の就職希望者が殺到しすぎてどうしようもない事態だという。旅行関係にこだわりすぎないで広く自分を試してみてはと言ってはいるものの、初心を捨てにくく難儀をしているようである。
 一方毅は第1電工の経営者のミスで静岡の工場が縮小され、研究部門は事実上廃部になり、名古屋のトヨタ自動車の子会社の「林テレンプ」というところに転職した。それを機会に自分で自宅での時間を利用して準備をして、「第2種情報処理試験」に挑戦して合格。今度は暇をみて第1種をやるという。しかしこの2月27日の結婚を控えて、一時中断の模様。

真冬に行く
常夏のフィジィ

健  夫

 定年退職も間近に迫った今年の冬休みに5日間ほど夫婦でフィジィ島へ出かけてみた。日本の南方7000キロの小島だから第2次世界大戦の時も日本軍の手は伸びず、対日感情も悪くはない。常夏の島だから、衣食住のうち衣と住はなくてもいいし、食も安い。
 成田を出たときは雪でも降りそうな寒さだったのが、8時間飛行機に乗ってFijiのNadi空港に着いて空港を出たら汗びっしょり。早速トイレで夏物に着替える。しかし雨期で雨模様。冷房のきいたレンタカーを借りて車の少ない大通りに出る。100年間もイギリス領だったこともあってか、左側通行で交差点は信号機無しのロータリー(roundabout)なので、右から回り込んでくる車にだけ道を譲っていればどこへでも方向転換ができる。
 四国の半分ほどの島の南海岸を半周するQueen's Roadを制限速度の80キロでとばす。椰子の木や熱帯特有のてっぺんの平らな木々の間を道が走り、牛や馬が突然道路に出てきて反対側の牧草地に行こうとするのをじゃましないように気を遣う。しばらく走ると家並みがやや混んでくる村に出る。紫色のスーツに身を固めた名門小学生の集団がバス停に列を作っている。
 1時間も走ると、インターネットで予約しておいたTubakula Bungalowのリゾートに出る。椰子の木立の中に三角形のこぎれいなバンガローが20〜30戸も並んでいる。キッチン、シャワー、トイレに寝室が2つでベッドが6つもある2階建てが朝食と飲み物付きで1戸1泊6000円くらいだから6人で行けば、1人1000円ということになる。着いた日には日本人は一人もいなかったが、家族連れのオーストラリア人、直行便のあるカナダからの家族やイギリス人の夫婦にも会った。


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