4月の初めに19日間にわたって、外人夫婦が来日し、その面倒をみることになった。2年半くらい前にカナダで我々夫婦がしばらくお世話になった人たちだ。1年位前からEメイルのやり取りの中で、希望など聞くと、ご主人のHorstさんは車や、カメラ、エレクトロニクスに興味があるという。そこで、日産自動車・追浜工場の見学日を依頼して設定したり、秋葉原のアマ無線の店を調べたりしておいた。一方奥さんのMargaretさんは日本の骨董品やフリーマーケットに興味があるというので、原宿の東郷神社で行われる「骨董蚤の市」の下見をしたり、池袋の骨董店なども調べた。二人とも退職していて「毎日が日曜日」だったので、桜が楽しめて混雑しない連休前の時期に決めていた。
何しろ我が家は築25年の古家で、洋室は1階の客間だけ。残りの4つの部屋は全部畳の完全な和室である。ベッドは1つもない生活をしてきたが、そのことは先方にも知らせてあり、畳に布団を敷いて寝ることは了解していた。トイレは2箇所とも洋式にしていたので、問題はなかったが、ウォッシュレットの説明板には英語の説明は1語もない。仕方がないので、日本語のわきに英語の訳を印字したものを貼り付けておいた。実際、日本に彼らが着いた最初の日、新宿の高層ビルの上で食事を終えてトイレに立ち寄ったことがあった。パネルの前に手をかざすだけで水が流れるやり方に経験がないMargaretさんは、間違って緊急用の赤いボタンを押してしまい、駆けつけた若い女性の前で赤恥をかいたという。
彼らの寝室として考えていた2階の12畳の和室は、もともと子供部屋だったので机が3つもあったが、使っていない机は処分し、出来たスペースに、階下で使っていなかったソファを持ち上げた。案の定Margaretさんがその部屋に入って最初に言ったのはChesterfield!!(ソファがある!)という感嘆の言葉であった。布団は和式だが、シーツの敷き方は洋式にした。つまり、よくホテルで見かけるように、敷布団のシーツの上に、掛け布団と毛布を下から包み上げるようにした大きいシーツをもう1枚用いて両サイドを敷布団の下に折り込む形だ。between the sheets(シーツとシーツの間=寝床で)という英語が一般的なのは、敷布団と掛け布団の両方のシーツに挟まれて寝る習慣から来るのだろう。日本の伝統的な旅館だと、下のシーツは換えても、どういうわけか掛け布団や毛布の覆いは新しく交換しないことが多い。前に使った客が風邪をひいていて病原菌の付いているかもしれないものをそのまま口に当てるのは気持ちのいいものではない。
LANでつながっている5台のパソコンのうちの1台が彼らの寝室の隅の机上にあったので、たまたま家にあった英語版のWindowsを入れて、日本語を全く使えないHorstさんがメイルやホームページの検索ができるようにしておいた。パソコン好きのHorstさんは滞在中もこれで、母や兄弟のいるドイツのシュツットガルトへ写真などを送った。浅草で着物姿の若い女性の間に入って撮った写真を送ったときは、ドイツの銀行の重役をしている兄から「羨ましい!」という返事が来て、大喜びであった。
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外人を2週間以上も自宅に泊めると、言葉の違いよりも、習慣の違いに面食らうことが多い。以前、イギリス人がしばらく滞在したときも、夜起きてトイレを使ったあと水を流さないので、戸惑って聞いたことがある。「勢いよく水が流れる音で他の人の安眠を妨害するのは悪いと思って…」と彼は言った。20年も日本にいた人にしてそうである。Margaretさんは以前に日本に来たことがあったが、Horstさんは全く初めてであった。まず、玄関で靴を脱いで、素足であがるまでが大変である。土間で片方の靴を脱いで、その足を上がり口の床の上に持っていくことができず、土間に下ろしてもう一方の靴を脱ぐ。逆に履くときも裸足で土間に下りてから靴を履き、上がり口の角に靴をかけてやっとの思いで紐を結ぶのを見ていると気の毒なので何とかしてやりたいが名案が浮かばない。ご両人ともかなり太り気味なので、大きく前かがみになるのが容易でない。一度椅子を土間に置いてみたが、太った体では、座って靴紐を結ぶ習慣もないので、意味がなかった。仕方がないので、土間を雑巾がけして常にきれいにしておくように心がけた。彼らが年をとっているせいかもしれないが、日本人がするように足の裏を汚さないで靴が履けるようになるまでに、1週間くらいはかかったように思う。
食事部屋も、我が家では和室である。だが、真ん中に1畳分の掘りコタツがあり、足を下ろせるので、椅子とさほど違いはないと思っていたが、これが間違いであった。まず、自然な形で畳に膝をつくのからして難しい。腰を下ろしてからも足をうまく回して、掘りごたつの穴に入れるのも、かなりの苦労だ。座椅子も用意しておいたが、Margaretさんはうまく背にあてることもできなかったし、好まなかった。無理もないことだったが、座った身体の形が同じというだけで快適というわけにはいかないから厄介だ。
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次に食べ物。刺身、納豆、生卵などが食べられないのは仕方ないにしても、Margaretさんは、鶏肉、豚肉などが普通の焼き方ではダメで、「もう少しwell-doneにしないと西洋人には食べられない」という。かなり硬くなるまで、更に家内が焼いていくと、「もう少し」という。3度くらい焼きなおして真っ黒になった感じの状態になって初めてOKが出た。鶏インフルエンザのニュースが流れていたので、警戒したのかもしれないが、まるで炭を食っている感じだ。でも、すき焼きだけは好物のようで、「少しだけ」といいながら、底なしに食べてくれた。ご飯も、味がしないためか、よく醤油をかけて食べていたが、すき焼きのときは汁に吸わせてうまそうに食べる。なるほど体格が良くなるわけだと思う。モームの短編に、食事に誘った女性が「少しだけしか頂きませんの」と言いながら次々に注文して、男の給料の1ヶ月分を平らげてしまう話があったのをふと思い出した。
スープは熱いうちに手をつけるのは当然かもしれないが、Margaretさんは何でも熱いのを好む。あるときソバ屋に入ったら隣のテーブルで食べていたザルソバを見て、あれがいいという。私もうっかりして、「あれは冷たいソバだよ」と言うのを忘れた。給仕が持ってきてから、「冷たい」という。仕方がないから、お汁だけを温めてもらったが、不満のようだった。従って、ご飯も熱くないとダメだから、「おにぎり」は論外。朝食でも、はじめにコーヒーを飲んでいる間は、トーストは焼かず、ころあいを見ておもむろにトースターに入れる。そして、何度もこげ具合を確かめ、焼きあがったらすぐに食べる。それもバターを山のように塗った上にジャムをたっぷり塗る。(ダイエットを気にしていて、これでは元も子もない!) しかし、もちろんお昼のサンドイッチのパンは冷たくても気にしない。目玉焼きも、必ず両面をがっちりと焼くので目玉焼きといっていいのかどうか…。コーンフレークスも、便秘予防とかで、ブラン(oat-bran)入りのものを食べていて、それにこだわった。郷に入れば郷に従ったら…と言っても、「違った環境にいると、少しは自分のなじんだものを身の回りにほしいものですよ」と言って、実はほとんどカナダの環境をそのまま再現していた。我々がカナダに行ったときも、こちらの朝食で我々が使っていた「黒ゴマのペースト」などを探して用意していてくれたので、今度は彼らのものをこちらで用意する番だったのだが…。またEメイルでは、こちらに滞在中、何回かはMargaretさんが台所に立って、みんなのために料理を作るということだったのが、いざ来てみるとやはり、「勝手」が違って、そうはいかず、逆に本当の「すき焼き」の作り方などを彼女が観察して覚える場になった。
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Horstさんは、対照的にあまり気にしない人だ。ご両人とも、うどんはお気に入りで、よく食べたが、彼はすぐに箸で器用に食べ始め、2,3日すると、平均的な日本人よりも上手に自然に操っていた。箱根に行ったときの夕食は、日本食だったが、サザエの壺焼きの奥の方の黒いところも、Margaretさんが怖気づく中、得意になってうまそうにかぶりつく。もともとドイツ生まれで、年代も我々と一緒なので、物資の欠乏したドイツの戦後は日本の敗戦直後と同じで、その状況を経験した人は、食べ物を残すことには罪悪感を伴うという。一方、Margaretさんは嫌いなものは残す。戦勝国であったMargaretさんの祖国、イギリスとは違った少年時代を彼が過ごしていたことが、こんなところにも現れているような気がした。
彼は夕食時には、よくワインを好んだ。私は、普段ワインを、食事のとき飲むことはほとんどないので、古いワインが栓を開けずに残っていた。その1本を開けて彼はご機嫌よくそれを飲みながら食事を終えた。終わり近くに、
「ヨーロッパではワインのビンはよく横に寝かせて保存するのだよ。そうすると、コルクが湿って外の空気がビンの中に入らず、ワインが酸化しないんだ」
と、一般的なワインの扱い方を紹介するように話題にした。あとで私もちょっと残りのワインの味を見てみて驚いた。「ワイン音痴」(?)の私にも確かに香りと舌触りが何か変なことが分かる。一般的なワインの扱い方を偶然の話題のようにして話し、ワインが酸化していたことを暗に言っていたのだ。なかなかスマートな気配りだ。次の日、新しいワインを買いにいった。彼は恐縮した。
「あのワインはどうしました?」
「あれは料理用に使うからご心配なく」ということになった。
食後、たまたまNHKテレビが、イラクの日本人人質事件を報道していた。英語に切り替えてみんなで聞く。小泉首相が「自己責任」ということを匂わせた発言をすると、Margaretさんは「大賛成」と言った。
「私が首相なら、出国のときパスポートに『イラクに行くのなら、もう帰国させない』というスタンプを押す」とまで言う。
Horstさんは逆で、「自分を捨てて世界的視野で貢献する人をサポートするのは当然だ」と譲らない。私に、「お前はどう思う?」というから、「あの状況で、政府がそもそも本当に世界平和や個人のことを考えて動いているとは思えないし、あてにすることが馬鹿げている」と水をさしてしまった。
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食事前には、私がいつも行っている近くのスポーツクラブへHorstさんを連れて行った。5コースの幅がある25メートルプールに入って、まず水がきれいなこととプールが大きいことに驚いている。その次にプールの全面が1.2メートルの深さに統一されていることに不思議な顔をする。しかもこんなプールがビルの6階にあるなんて信じられないという。外国のプールは、競技用は別にして、あまり大きくないし、必ず2メートル以上の深いところがある。そして彼らは飛び込んで楽しむのが好きだ。飛び込んだあとは、水の感触を体全体で楽しむように、ゆっくりと浮いている。速く泳ぐことには興味がないが、深い水は恐れない人が多い。彼もその部類で、コースに入っても顔を上げたままゆっくり進むだけ。あとに来る人の行く手を妨げることになるので、泳げない人のコースに移ってもらう。一方、日本人は、楽しむというより、速さと距離の目標を決めて、がむしゃらに泳ぐ。
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Horstさんは、日本語は全くダメだが、陽気で親しみやすさで誰にでも話しかける。そして自分が話している相手を必ず、一緒にいる私に紹介する。日本人同士だと、AとBが歩いていて、Bだけの知り合いのCに道であったような場合、BとCは親しく話していても、Aはそばで紹介もされず、ひたすらBCの話が終わるのを待つという場面が起こる。しかし彼がBになった場合、必ずACを紹介する。Cがドイツ人だったことも2度あったが、ドイツ語で話した後、話の内容を英語でもう1度言いなおしてくれたりもする。
日本人はまだ外国人には親切だ。彼は車にも興味を持って、珍しい車があると必ずカメラを向けた。持ち主が近くにいると話しかけて、いろいろ聞きたがる。すると多くの人が、試しに乗ってみてくださいなどと言って好意を示す。電動自転車などに乗っていたご夫人も、わざわざ降りて、彼にあたりを一回り乗せてくださった。
日産自動車の工場を見学したときも、Horstさんと、通訳ということで同行した私と2人だけのために、2時間以上にわたって一人の若い女性の案内係が付き添って丁寧に見せてくれた。指定された時間より早く工場に着いたのに、待っていたかのように、時間を早めて案内を始めてくれた。ロボットが巨大な鉄のアームを大きく振り回し、火花を散らして溶接する光景は、まるで巨大なロボットの国の戦場のようだ。一般的な説明のときも豪華な会議室のような場所に3人だけで陣取り、お絞りや飲み物なども出された。帰りは近くの駅まで、2人だけを車で送ってもらった。日本人だけだったら、こんな扱いを受けただろうかとも思った。
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秋葉原やヨドバシカメラは外国人には興味あるところに違いない。Horstさんは自宅の庭に高い鉄柱のアンテナを立てて世界中の人とアマ無線を楽しんでいるほどなので、秋葉原なら、テントを持ってきて路上で野宿しながら2週間いても飽きないだろうと自分でも言うほどだ。実際、アマ無線専門の「ロケット無線」という店に連れて行ったら、3時間くらい動こうとしなかった。カナダはもちろんヨーロッパやアメリカ中を探してもこれほどの場所はないという。コンピュータの時代でも、カナダでは車に無線機を積んで、人里はなれた森林の中からでも、無線を楽しんでいるようだ。しかし我々がちょっと滞在した大都市バンクーバーでさえ、確かにちょっとしたパソコンの付属品を探すのは容易ではなかった。一方、秋葉原に、あれだけ集中して同じような電器店が並び、それがつぶれないで成り立っていくのは、日本人の科学技術への関心と4000万人を超える膨大な首都圏の人口が背景にあることが大きい。
東京に着いたとき、最初はホテルにいたのだが、たまたまヨドバシ・カメラがその近くにあったので、地図で教えておいた。早速Horstさんは自分で出かけて、ニコンD70という最高級のデジタル一眼レフ・カメラを奥さんに内緒で買ってしまった。レンズも付けて実売で16万5千円もするものだ。しかしこれをカナダで買うと、8万くらい高くなるようなので、その差額だけで日本への往復の飛行機代が出てしまうといううま味がある。さらにヨドバシにはポイント還元といってポイントを記録することで、事実上13%も払い戻しをする制度があった。しかし彼が一人で買ったので、店員はその「払い戻し制度」を一切彼には説明せずにすませたようだった。あとで私がこのことを聞いたので、早速彼と出向いて、既定の「13%を還元しなさい」と掛け合った。「外人客にはその制度は適応されないという規定がある」という。「そんなはずはない。証拠をみせろ」とやりあって、店員は規約を一生懸命読んでいたが、やはり見つからない。しかし「現住所がカナダでは具合が悪い」という。仕方がないので、私のカードに一旦払い戻してもらって、それをHorstさんが使う形にして、それでカメラの付属品を買い揃えた。以前だと、外国人は物品税を免除されたので、免税で買うと、日本人よりかなり安く買えたが、今では物品税が廃止され、免税制度をつかっても正価から5%の消費税がなくなるだけなので、外人観光客も、免税店より日本人向けのディスカウント・ストアで買う方が有利になる。だから、ポイント還元などの優遇処置も外人が利用しやすい形にしないと問題が起こると思う。
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一方、Margaretさんはフリーマーケット気違いだ。しかし私はフリーマーケットなるものに行ったことがなかった。案内することになりそうなので、1度見ておかないと申し訳が立たないと思い、彼らが来る数週間前の日曜日に、インターネットで調べて近くの武蔵野自然公園に行ってみた。でも広すぎてよく場所が分からない。
「あの…、『蚤の市』はどこでやっていますか」と屋台でお団子を売っている若い女性に聞いてみた。
「蚤の市?」
「ほらフリーマーケットですけど…」
「あゝ、フリーマーケットなら、あの向こうでやっていますよ。」
と指差して教えてくれた。やっと通じた。ここは日本だから、英語で言うより、日本語の方が通じるだろうと気を利かしたのが間違いだった。それにしても、フリーマーケットはFlea Marketだと分かっているのかしら…とふと思った。ひょっとしてあの女の子はFree Marketだと思っていて、さっきの会話がおかしくなったのではないかと気になった。
やがてフリーマーケットにも2種類あることが分かった。一つは骨董品を中心にしたもの。もう1つは、何でもあり、のガラクタ市。Margaretさんのお目当ては前者だった。カナダで調べて、Eメイルで連れて行ってくれと頼んできたのが、原宿の東郷神社というところで行われる「骨董市」。4月の第1日曜日は、私は教え子のクラス会で彼らには付き合えないので、家内が案内することにしていた。やや雨っぽい日にもかかわらず、かなりの賑わいだったようだ。
Margaretさんが昔から異常なほどの興味をもっているのが、昔の日本人が薬などを入れて携帯した「印籠」とそれを帯のところに留めるときの飾りである「根付」。家内は
「『14000円の根付を、雨の日サービスで、8500円にするよ』と声をかけられて、『もうひとがんばり7000円にしなさいよ』とまけさせて、Margaretさんは大喜びだったよ」と得意そうだった。確かに出店の人は「これは100年も前のものだよ」と言っていたそうだが、こちらにそれを見る目があるのか、ちょっと心配でもある。
新宿の花園神社でも、日曜ごとに骨董市が開かれている。彼らの滞在中の最後の日曜日もMargeretさんの希望で、そこに出かけた。いつもの通り、1時間半後に入り口のところに集まることにして、「自由行動」。小さな仏像や、古銭から、第2次世界大戦開戦時の朝日新聞や「勲○等」の賞状や日本軍の勲章さらには日本刀(?)まで売っている。
額に入った絵をむしろの上に並べているところがある。ホコリに埋もれている感じのあせた金色の額が目に入った。中に納まっている絵は印象派風の、フランスかどこかの田舎の風景だ。緑の中に茶色の屋根と白壁の家が見えるパステルカラーのような色合いがきれいだった。少し見入っていると、いつの間にか隣でHorstさんの声が聞こえ、それを買うという。ホコリだらけとはいえ、5000円か6000円くらいしてもいいと思われるのに1000円の正札がついていた。私も、1000円なら悪くないと思って買おうかなと思っていたところだったので、「やられた」と思った。ところが、彼はどうも私に買ってくれたようだった。私が絵を見ていた様子を脇で見ていて、さっと機転を利かせて、好意を示してくれたのだった。その絵は今、家にかかっているが、見るたびに彼のそのときの笑顔が浮かぶ。
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Wunderbarとはwonderfulに相当するドイツ語だ。英語よりドイツ語が得意の彼は、すばらしい経験をするとすぐに“Wunderbar!!”が自然に出てくる。伊豆の下田のホテルの下に広がる大きな湾の中で突き出した小さな岩に白波が当たるのを見たとき、青空の下の雪をかぶった富士山を見たときも、浅草でカラフルな着物の若い女性に囲まれて記念撮影をしたときも、日産で自動車を作るロボットを間近に見たときも、安くてうまい100円うどんを食べたときも、思わずその語が口から飛び出した。日光の東照宮への参道のわきに座って、小鳥の笛を鳴らしながら売っている老人がいる。カナダの山の中で鳥寄せに口笛を使っている彼には興味があるシロモノのようで、1つ買った。しかし彼が二本の指を口につっこんで出した音はそれどころではなかった。さすがカナダの大きな森で慣らしただけのことはある。広い静かな参道に甲高い口笛が響き渡り、さすがの「笛爺さん」もあっけにとられていた。この瞬間はビデオにも入れてみた。このページからも見ることができるので、証拠を見ない向きは開いてみてください。
日光・華厳の滝でもハップニングがあった。エレベーターで100メートルほど下った滝の展望台に、台湾人のグループがいた。彼らの一人の男が、突然、コンクリートの床の上に腰を下ろしてハーモニカを吹き始めた。すると仲間の一人が、どこからかお皿を持ち出し、その上に1000円札を1枚置いた。取り巻いて見ている他の人に対して、ストリート・ミュージシャンだからそのお皿に「お金をどうぞ」というわけだ。するとHorstさん、笑いながらハーモニカの男の前につかつかと進んでそのお金をつかんで、ポケットにしまおうというジェスチャーをした。あっけにとられた男がハーモニカをやめると、それを取って今度は自分で吹き始めたのだ。それは前の男が吹いていた軽快なダンス音楽の続きのようで、今度は皆が彼に注目した。終わると周りから拍手。彼はいい気になって、帽子をひょいと頭に載せて、両腕を波打たせて、一人でダンスをするようなジェスチャー。周りの台湾人からさらに大きな拍手と歓声が上がる。その笑いと歓声の中で、お互いに「カナダ」「台湾」と言いながら、肩を叩き合っている。全くWunderbar!であった。
一方、Margaretさんはイギリス人気質というのか、オープンに楽しめない性格のようだ。どういうわけか日光でもホテルの窓を開けていてブヨに刺された。最初はよく分からず、血だらけになった腕にメンソレータムをぬっていたが、東京へ帰ってきてからも腫れが引かない。「外国で妙な生物に危害を加えられた」とでも言いそうなようすなので、インターネットで調べて、同じ腫れ方の写真を取り出してみて、ブヨに刺されたことを納得させ、ブヨ(black fly)の写真もインターネットから取って見せたら、随分興味深げに長い間眺めていて、やっと納得した。早速薬を買ってきてぬったらほどなく腫れも引いてかゆみや痛みもなくなったらしい。「さすがドクター・アイザワだ」とジョークが出るほどになり、ホッとしたようすだった。
カナダではとこへ行くのも車なので、夫婦だけの彼らの家にも、古いものも入れて6台の車がある。我々が滞在したときも、いろいろな車で方々へ出かけた。だから東京に来ても、彼らは車を期待したようだったが、特に都心は、車より電車や地下鉄が便利だ。普通の外人観光客は団体なのでバスで動くのだが、二人には電車に乗ってもらった。普通の日本人の様子が分かるので、彼らは喜んだ。学生服の学生、セーラー服の女学生、着物の女性や時には弓道の試合に出かけるハカマ姿の大学生の一団などに会うと目を見張り、一生懸命カメラのシャッターを切る。しかし、乗り換えるたびに切符を改札機に通すという簡単なことが結構厄介である。ヨーロッパなどの電車は改札がいい加減なところが多いし、切符は改札から入ったら捨てるものだと思っているふしがある。具合が悪いので、パスネットとスイカのカードを買って改札を通るときだけ渡して、普段は私が保管した。しかし2種類のカードの使い方が違うことがまた問題だった。特にMargaretさんは要領を覚えるのが遅く、2種類を使う乗り換えの場合など、タッチするだけのスイカのカードを、パスネットの口へ突っ込んでしまったことがある。スイカは少し厚みがあるが、それでも1/3くらいはスロットに入り込んで抜けなくなってしまった。私が強引に抜いたら、記憶装置のチップが壊れてしまった。
改札でカードを使う形態は世界中であまりないようで、彼らを興奮させる。普通の切符をまとめて買おうとする場合は自分たちの分を懸命に払おうとする彼らも、カードのときは、独特のスリル感でワクワクしているようで、その背後でお金の動きがあることは忘れているようである。うまくいくと感嘆の声を上げて達成感を楽しむだけである。
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日本から外国へツアーで行くと、ほとんど隔離された場所から眺めるだけになるように、日本への外人ツアー客も実際の日本を体験することは不可能だと彼らは言う。「日本人は意識していないと思うけど、日本独特のスピリットが日本にはある」とMargaretさんは言う。「そしてそれは個人で日本人の中に入り込んで旅行してみて分かることだ」とも言う。しかし、文化が違うということは、ちょっと一緒に暮らしてみるだけで、たぶん双方にとって大変なことだと実感する。そしてその違いを受け入れるには、お互いにかなりの寛容と努力が必要なことを痛感する。
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