フロリダ州のオーランドまで往復48,800円という12日間の格安航空券を見つけて、試してみた。料金にはハーツレンタカーの1日分の料金も含まれている上に、航空券が送られてきたときに、どういうわけかビール券も10枚添えられていた。航空会社はアメリカの大手コンチネンタル航空。オーランドまでの直行便はないので、一旦ニューヨークのニューアーク空港まで12時間かけて飛ぶ。更に国内線に乗り換えて3時間、合計15時間の往復30時間。食事だけでも合計10回くらいは含まれ、採算が合うのか心配になるほどだ。
成田からニューヨークへの直行便は、不思議にも出発した日の同じ時刻にニューヨークに着く。経過した12時間は身体には体験されても、暦の上では存在しなかったことになる。つまり暦の上では1日24時間で進んでいるのに、体感時間はこの日だけ36時間になり、睡眠不足から時差ぼけ(jet lag)が起こる。帰りは逆に、暦の上では1日12時間の日が出来るのだが、身体の上ではこの12時間は前か後の1日とくっついた感じで、やはり36時間の1日が出現して疲労感が加わる。ニューヨークへ直行便で飛ぶと、時差の感じが非常によく分かるのが面白い。
成田空港には大抵出発2時間以上前にチェックインすることが習慣のようだ。だから多くの人は時間をつぶすのに苦労する。だが、そのあと時差ぼけが待っていることを考えると、ここで待ちくたびれるのはつまらない。それに家内も身体が強くない方だ。今回はこの待ち時間を第2ターミナルの仮眠室で休養した。1時間2人で1,600円だが、エアコン、トイレつきのツインベッドの部屋は静かで暗くなり、時間になると電話でちゃんと追い出してくれる。しかも、この施設はセキュリティ・チェックやパスポート・チェックを済ませたあと、搭乗口へ向かう途中にあるので、あとは飛行機に乗るだけという気軽な気持ちで休養をとることができるのがミソ。しかもすぐ近くにはヤフーのInternet Cafeもあり、タダでinternetを使わせてくれるので、土壇場のメイルを送ることなども可能だ。
3列のシートが横に3列並ぶ9シートのボーイング777-200ERは16時間もノンストップで飛べるという双発大型機だ。それがほぼ満員。これでは2席以上の続いて空いた席を探して横になる訳にもいかない。たまたま隣に座ったのはニューヨークのマンハッタンの南に住むAnthony Bradleyというアメリカ青年。日本にもたびたびやってきて人形町に滞在、仕事をしているという。日本人に英語を教えることもあるらしい。私が英語教師だったと知ると、「L」の発音の仕方を教えるのはどうしたらいいのかと聞いてくる。私は『舌をただ帆掛け舟の帆のように立てて、ノドから何となく音を出すだけでいい』と、どこかで読んだことをと言うと、試してみて本当にそうだと感心した。我々でも外人に助詞の「は」と「が」の違いを聞かれると困惑するが、日本語を教えるアメリカ人は明快に説明する。無意識に覚えた母国語を説明するのは誰でも大変だ。しかしアンソニー君、さすがにフロリダのことはよく知っていて、私達の予定ルートを地図で点検して、いろいろコメントしてくれる。フロリダに祖父がいるというので、困ったらそこへ連絡してくれと言って、祖父と彼の電話番号を書いてくれる。そのうち、疲れて互いに休もうということになったが、彼は小さなパソコンをテーブルに持ち出し、DVDをセットした。何と英語の字幕入りのアニメ「天と千尋の神隠し」だと隣で見ていた家内が言う。。ときどき目を覚ましてみると黙って最後まで見ていたようだった。
飛行機の外はずっと太陽が照り付けていたようだった。だがニューヨーク到着寸前の軽食までは、ブラインドが全部下ろされて、電気は消され、機内は夜の雰囲気。でも、やがて、ブラインドが開けられると、遠くに摩天楼らしいのが見える。Anthony君が、あれがマンハッタンだと教えてくれる。自分の住まいはLower
Manhattanの一角だという。
「ここからお宅が見えるんじゃないの?」と半分冗談に言ってみると、
「実際何度か見えたんだ」と真剣に答える。やがて、すべるようにニューアーク空港に到着。ほとんど調整する必要のない時計を少し調整して、彼と別れる。
入国管理が大変だと聞いていたので覚悟はしていたが、一昨年のロスアンジェルスほどではなかった。というのも、以前のような口頭による入国審査官との問答がほとんどなくなったからだ。彼らの仕事は入国しようとする我々外国人すべての指紋と顔写真をがっちり撮ることだけなのだ。両方の人差し指を第1関節までべったりガラスにつけないと、やり直しだ。とるものをとれば、問答など無用というわけか。しかもご丁寧なことに、出国時にも写真と指紋を再度とられて、カードまで作り、記録に残すという念の入れようだ。これで私の指紋・顔写真がパスポートのデータと共にアメリカのデータベースに入れられて、どこからでも瞬時に参照されることになる。偶然殺人犯と似ていると、間違えられてすぐに死刑になると聞く。クワバラ、クワバラ。
4/19(火
疲れているはずなのに5時に目が覚める。日本だと夕方5時だから、そろそろ1日の疲れが出てくることだが、もう時差ぼけはなおったのかな。コーヒーメーカーが目に付いたので、日本から持ってきた緑茶のティーバッグを入れる。うまい。今日4月19日は、オクラホマ連邦政府ビルが爆破され、168人が死亡したテロ事件の丁度10周年にあたるらしい。テレビでは盛んにその追悼の式典が報道されている。New York Yankeesが大勝しても松井の名前は一言も出てこない。ここはアメリカなんだと実感する。
ホテルは朝食つきなので、下に降りて簡単な食事をとる。ヨーグルトに似たドロドロした白いものが紙コップに入って並んでいた。そのまま自分のテーブルへ運んだら、メイドの女性が妙な顔をしている。そばに格子の入った熱い鉄板があり、そこに流し込んでアメリカ流「太鼓焼き」を作る原料だったのだ。紙コップは1人分をはっきりさせるために注ぎ分けてあったようだ。
ロビーにパソコンが置いてあり、自由に使える。自分のホームページがきちんと出るか試して、ついでに留守番の息子と母に「無事到着」のE-Mailも打っておく。日本語変換機能がないので、ローマ字か英語になる。それに「2」のシフトで@が現れるなど、キーボード配列には気を使う。ホームページを読み込むと、以前なら日本語の部分がよく文字化けしたものだったが、今では日本語のテキストもそのまま再現される。日本でもそうだが、客室にもInternetの端末があるのが普通だ。携帯のPCを持っていけばホームページを見るだけでなく、Skypeなどのタダ電話で世界中と通話も可能だ。
外の空気を吸いにあたりを歩いてみる。フロリダはSunshine Stateという別名があるくらいだから日差しが明るく強い。オーランドはフロリダ半島のやや北に位置するけれど、ヤシの木が繁茂している。鮮やかな色の熱帯性の花も大きな葉っぱの緑の中で輝く。道は車のためにあるらしく、ホテルを囲む広い道には歩道がない。仕方がないから樹皮のクズを無造作に敷いた植え込みを歩く。ツンと鼻を突く、湿った臭い。これはアメリカの臭いだ。フロリダはほとんどがアメリカには珍しい湿地帯。沼地の中を縫うようにして道路が走り、その周りに低い建物が続く。ハリケーンに飛ばされないためか、ガッチリできている。でも、沼地の生物を餌にした鳥が元気だ。車の騒音が途切れると、どこからか鳥の声が響きわたる。見上げると四角い街灯の覆いの上で大きな白い鳥が見下ろしている。
1時に空港のHertzレンタカーに行って車を借りることになっている。フロントで聞いてみると、ホテルの2ブロック先だという。では歩いてみるか…。最近では大きなレンタカー会社は空港の近くの別の場所までシャトルバスでお客を運び、そこから車を走らせる。そこに車を返したお客は、再びシャトルバスで空港に送られる形になる。オーランドのHertzもそうだ。空港に出入りするたびに車は通行税をとられるのだが、それも回避できる。確かにここでは車がなければ、足がない人間のようなものだから、空港に降りる人の多くがレンタカーに殺到する。あらゆる種類の車を用意し、その出入りや保守点検を管理するには広大な敷地が必要だ。空港から歩いていける範囲に広大な事務所を作るのは無理なのだろう。
レンタカーはほとんどがピカピカの新車だ。借りるための基本料金は高くはないのだが、保険や税金などが馬鹿にならない。私がトヨタのカローラを9日借りた場合、1週間の借り代は259ドル(28,000円)に1日51ドル(5,500円)の2日分だが、1日の無料パスがあるので、ここで51ドル引いてくれる。この料金には事故を起こした場合の自分の車の破損に対する全額保障や車を盗まれた場合の全額保証(LDW)はついている。しかしこちらに非がある事故を起こした場合の相手の車に対する全額保障(LIS)はついていない。これをつけると1日12ドル(1,300円)の9日分で12,000円程度プラスになる。でもこれをつけないと不安が残るから付ける。それに種々の税金やサービス料が88ドル(9,500円)かかり、更にカーナビはオプションなので9日で63ドル(6,800円)。結局トータル555ドル(58,800円)円になり、走行距離に関係なく1日約6,500円になる。しかし、これにはガソリン代が入っていない。アメリカのガソリンは高騰したとはいってもまだ安いので、1日走り回っても1,300円くらいだ。
しかし、このカーナビ(GPS)は便利だ。ヨーロッパでは利用できないが、アメリカは番地(house
number)まで記憶させることが出来る。スピーカーの道案内に従っていれば、目的の家の前まで連れて行ってくれる。日本と違ってテレビと兼用ではないので、携帯電話のように画面が小さいが、要領よくまとめてある。曲がり角では全画面の大きな矢印になり、うまく曲がるとポンポンという電子音が気持ちよく響く。間違えるとすぐルートを再計算してくれて、そこからの順路を指示してくれるのは日本と同じだ。
早速午後にケネディ宇宙センターへ出かけることにする。オーランドから普通に車をとばして1時間半くらいか。まず駐車場の広さに驚く。100台くらいずつ仕切られた場所がたくさん並んでいるが、駐車場所に付けられた記号を忘れないようにしないと戻ってこられない。政府の機関であっても、見学者の対応は力を入れている。まるで野球場へでも入っていくように、チケット・ブースが並んでいて、いくつもの見学コースが選べるので、案内係りが近づいてきて説明してくれる。一番高いコースは広い敷地内をバスで移動し、説明もついて37ドル(4000円)。いい商売だ。でもこれを選ぶ。
ここでも入館時に、空港のようなセキュリティ・チェックがあり、金属探知機で持ち物や衣服を調べられる。まずバスに乗せられて、主な施設の説明を受けながら、敷地の真ん中にある展望塔へ。バスの中では補助説明のビデオが放映されて、運転手の説明と混線して聞きにくい。外は左右に巨大なロケットが並べられ、やがて巨大な四角い「ロケット組立て棟」(Vehicle Assembly Building=VAB)が見えてくる。広い場所にポツンと置かれていて、あまり大きくは見えないが、高さ160mで幅218mx158mというから東京ドームを縦に3つ重ねたよりも高いし大きい。脇には高さ140mもあるドアがついていてロケットの出し入れをするという。発射台(Launch Pad)まではかなりの距離があるので、建物の脇には移動用の台車(crawler
transporter)が待っていて、1リットルのガソリンで1mしか進まないノロノロ運転をする。しかしすべてこれらの施設は、ケネディ大統領が提唱した「月へ人間を運ぶアポロ計画」のために作られたもの。この施設全体が「ケネディ宇宙センター」と呼ばれる所以でもある。
実際にロケットを発射する発射台(Launch Pad)は、かなり離れた位置にAとBの2つが展望台から遠望できる。Aは36年前に月へ人を送った発射台。Bは7月に野口さんが宇宙へ旅たつ発射台だそうだ。1969年7月20日、人間が初めて月へ降り立った飛行で活躍したのが、サターン5型と言われる史上最大のロケットだった。地上から地球の引力に逆らって3000トン以上もあるロケットや宇宙船を打ち出すには、この350万トンの瞬間推力を出すロケットが必要だそうだ。「サターン5型センター」と呼ばれる巨大な建物には、そのロケットが横たわっているが、そのケタ外れのスケールには度肝を抜かれる。脇に群がる人々は、横になった象に群がる虫のようだ。
36年前は世界で5億人の人が月からのテレビ中継に釘付けになった。だが総額270兆円という日本の国家予算の3年分以上の費用をつぎ込んで、住める可能性のない月へ人を運ぶプロジェクトは無意味だ、という批判もあった。ソ連との軍拡競争に遅れをとった米国が威信を保つために行ったことで、これだけのお金を、どうして世界の餓死しかかっている何億という人のために使えないのかと批判したのはバートランド・ラッセルであったことが頭をかすめる。一方で、この事業の派生効果で、気象・通信衛星、カーナビ、ジャンボ・ジェット、コンピュータなどが出来て、恩恵を授かっている面もあり、複雑な思いだ。 ●このつづきはここをクリック。
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